Akiba2GO!

鈴池和久の「COMPUTEX TAIPEI 2001」レポート(番外編)


2001年6月25日

 筆者は、6/4から台北市で開幕した“COMPUTEX TAIPEI 2001”にAkiba2GO!取材班に同行して取材した。ショウレポートはこちらを読んでいただくとしてこのコラム記事は、どちらかというと、滞在中に体験した出来事や印象深かった事柄を番外編としてまとめてみた。

●はじめての台湾

 筆者が台湾を訪れたのは、今回がはじめてである。台北国際空港からホテルまでは、現地の関係者に乗用車で送っていただいたのだが、その車中で色々とアドバスを受けた。特に食べ物については季節柄か「なまもの」と「水道水」に注意が必要だと言う。意外だったのは、「なまもの」に果物が含まれていたことだが、屋台などで食べやすい大きさにカットして売っているパックものは、切ってからどれだけ時間が経過しているのかわからないので敬遠したほうが無難だと言うことだった。一方、飲み水は現地の人々も一度沸騰させてから、さめた水を飲むそうで、我々はコンビニでミネラルウオーターを調達すれば良いと教わった。また、ガイドブックにもよく紹介されている人気のレストランや屋台が多く集まっているポイントなども親切に教えてくれたのである。

●台湾のバイクについて思うこと

 車は、高速道路から下りて台北市内に入った。車窓から見える光景は、近代的なビルやマンションらしい建物ばかりでビル建設中の工事現場も多く、活気が感じられる。もしかして一昨年の台湾大地震の復興工事のせいかとも思ったがそうでもなさそうだ。それにスクーターと黄色いタクシーがやたらと多い。スクーターは、50cc〜125ccの小排気量車が中心で庶民の足として発達しているようだが、走行している台数はもとより歩道という歩道にズラーっと並べられている台数をみると我が目を疑うほどで圧倒されてしまう。



ナンバープレートの色は、最低2種類ある。バイクショップの店名をデカデカと書いてアピールするあたりは、日本でも共通している

 なかには、YAMAHAやHONDAといったお馴染みのロゴマークをエンブレムに貼ったスクーターもあるのだが、日本で走っているモデルと少し違うデザインだ。以前、YAMAHAが現地に生産工場を置いて台湾だけでなく日本で販売する二輪車製品をも生産していると聞いていたが、輸出を別にしてもこれほどの需要規模があるなら生産工場を進出させる話しはうなずける。どうやらデザインの違いは、二人乗りが公認されているところに起因しているのではないだろうか(日本では、排気量50cc以下の原動機付自転車で二人乗り走行は法令上、許されていない)と気がついた。日本のモデルと比較すると(見た目だが)ボデーは明らかに大柄でシートも大きく、一見50ccとは思えないスケールである。それと前後の車輪は、オリジナルのホイールからカスタムホイールに変更して太いタイヤを装着している車両が多いように見えたのだが、筆者の気のせいだろうか。しかしその予測を裏付けるかのようにタンデムで走るスクーターは多い。それと、排気量の違いだろうか、ナンバープレートの色で何かを区別しているようだ。他にあるかも知れないが、確認できたのは、白地に黒文字と緑地に白文字の2種類である。また、ナンバープレートと共締めにしたタレゴムにバイクショップの名前を記載するあたりは、日本のバイクショップが顧客バイクのリヤフェンダーに自店のステッカーを貼るのと同じで微笑ましく思えた。





 ホテルにチェックインし、部屋に入って驚いた。日本のホテルとは比較にならない広さなのだ。それと、もう一つ驚いたのは、部屋の温度は冷房が効いていて寒い位に感じたのだが湿度が異常に高くてバッグから取り出した資料のコピー紙が見る見るうちに湿ってしまい、とうとう印字した文字がにじみだしたことだ。こんなことは日本だとめったにないのだが、空調設備の故障か?と思うほどであった。設備の故障と言えば、とても困ったのだが部屋の電話回線から安定してインターネットに接続できなかったのである。実は、今回の同行取材で筆者は、月刊アスキー7月号(6/18発売)のレポート記事4ページを執筆する大役を仰せつかっており、その締め切りは、現地取材日程の中間日つまり6月5日なのだ。したがって翌日の開幕日から2日間で取材を敢行し会場を追い出される午後5:00から数時間で原稿を書きあげるとともにインターネット経由で月刊アスキー編集部へ原稿を送らなければならなかったのだが…。

■準備はしてきたが…

海外で地元プロバイダのアクセスポイントにダイヤルアップ接続してくれる“GRIC dial”だ

 今回の企画を知らされた時点でいろいろ準備を整えた。そのなかで最も詳しく調べたのが台湾からインターネットへ接続する方法である。これは、筆者が加入しているプロバイダのホームページで知ったのだが、特別な手続きなしで世界各国の連携プロバイダが提供するアクセスポイントからインターネットを利用できるとのことだった。具体的には、GRIC社(http://japan.gric.com/)提供の接続ソフト“GRIC dial”を使用することで、その場(海外)に応じた最寄りのアクセスポイントにダイヤルアップ接続できてしまうのだ。ただし、筆者が加入しているプロバイダーでは別途の課金が発生する(加入しているプロバイダーに応じて利用料金、接続方法や使用する接続ソフトが異なるので利用するまえに十分な下調べが必要だ)。  もちろん、日本を出発する前に“GRIC dial”をインストールして正しく接続できるか追加課金を承知で試してもみた。結果は上々で日頃のISDN環境と比較すると快適とは言えないまでも、筆者が契約していないプロバイダー経由でインターネットに接続できたのである。それともう一点、モジュラーケーブルのコネクター形状を確かめた。もしも、日本と異なっているなら、困ると思ったのだが、幸いなことに台湾は、日本と同じとわかって安心した。これは、インターネットで検索してあちらこちらのホームページを読ませてもらったお陰なのだが、台湾に関する情報は結構多かった。



プロバイダー名 接続ソフト名 追加される課金 その他
@nifty GRIC dial 20円/分 ダイレクトローミング5円/分(8/1より)・UUNETローミング10円/分
ODN iPass Connect 15円/分 -
OCN GRIC dial 18円/分 NTTコミュニケーションズグループのAPだと10円/分
BIGLOBE GRIC dial 20円/分 iPass:20円/分、UUNET:10円/分
InterQ iPass Connect 約4円/分〜約25円/分 接続料金は請求時の為替レート -
DTI GRIC dial 30円/分
ぷらら iPass Connect 約4円/分〜約25円/分 海外50ヵ国約400拠点 スタンダードAPだと追加課金なし
AT&T WorldNet AT&T iPassConnect 120分/月まで無料 1カ月につき120分まで無料。それ以上は超過分について20円/分
So-net GRIC dial 別途課金なし 海外からの接続も国内での利用と同じ扱い
Panasonic Hi-HO iPass Connect 30円/分 アメリカに提携プロバイダあり
プロバイダーによって様々な料金体系となっている。出国する前に予め加入しているプロバイダーで調べておこう。



■予期せぬアクシデント

 ところが、アクシデントは、どうしようもないときに発生するものだ。筆者は、ホテルの部屋に入室してすぐに電話回線を調べてみた。電話機の受話器を上げると「プー」音ではなくて「ジジジ....」と小さな音が聞こえるだけである。館内電話なので通常の電話回線と異なるのだ…と分かっていても少々不安を感じた。適当にプッシュボタンを押してみるとトーンの発信音が確認できたのですぐに受話器をおいた。次にモデムのケーブルを接続しようと電話機の背面をのぞき込んだが、モジュラージャックを差し込むポートがどこにもないのである。部屋に備え付けの「案内書」を読んでみてもフロントや部屋係などへの呼出番号が記載しあるだけで電話回線接続に関する記述は見あたらない(この時、外線接続は「9」のボタンを先に押す必要があることがわかっただけだ)。仕方なく「部屋の壁のどこかに差し込みポートがないか?」と机の下に潜り込んだりして探した。もう、四つんばいで部屋の中をウロウロしているのだから人に見られたら、格好がつかない有様である。

 ふと、ベッドの脇に備え付けられた小さな台の下に電話線らしき配線を見つけた。きっとこれだ。その配線をたぐってみると台の奥の床から全長2mほどの電線が束ねてあり、先端にはモジュラーコネクタがぶら下がっている。さっそくモデムのケーブルを接続してWindows2000を起動させた。そして「電話とモデムのオプション」を開き「ダイヤル情報」へ新規の項目を作成。「所在地」は適当にTAIPEIと入力し「国/地域」のコンボボックスから台湾を選択する。次に「外線発信番号」は案内書に書いてあった9を入力し「ダイヤル方法」は「トーン」を指定して「OK」をクリックした。ところが市外局番が不足してる旨のメッセージが…。「台北市って何番だ?」部屋に備え付けのイエローページやこのホテルの電話番号を案内書で探したところどうやら「886」らしい。「これでどうだ?!」と市外局番の項目に886を入力して設定を完了させた。あとは“GRIC dial”を立ち上げて「国名」と「市」をそれぞれTaiwan、Taipeiにセット、アクセスポイント(以下AP)欄に表示されたリストから適当な番号を選んで「ダイヤル」ボタンをクリックするだけだ(台湾で利用できるAPは全て56Kのアナログ回線だ)。さっそく一番上のAPを指定してダイヤルボタンをクリックしてみた。ところが“GRIC dial”は「接続中です。しばらくお待ち下さい…」と表示したまま一向にリンクしそうな気配がない。とうとう接続できなかった旨の表示に変わってしまった。他のAPも試してみたが結果は同じで接続できない。

 ならば、と部屋の電話機からAPの電話番号をプッシュして確かめようと思いついた。まずは、外線発信番号の9をプッシュして2、4、1、2、と続けたところ全ての番号をプッシュするまでもなく受話器から突然、中国語のアナウンスが聞こえてきたのである。何を言っているのか理解できなかったが、もしかして日本で言うところの「あなたのおかけになった番号は…」ではないのかと思えた。そしてこのアナウンスは他のAPの電話番号でも同じだった。これではつながらない。このままでは明後日が締め切りとなっているCOMPUTEX TAIPEIのレポート記事を送れないことになる。なんとかならないモノかと台北市以外のAPにも接続を試みたが、ことごとくリンクできない。そんなおりにK記者が筆者の部屋を訪ねてきた。事情を話してK記者の部屋でも試してもらうことに…彼も“GRIC dial”で接続する予定だと言う。結局、K記者の部屋でも同じ状況で接続できなかった。このままホテルからインターネットに接続できないと仮定して原稿を送るいくつかの方法を考えたり、明日の取材予定を打ち合わせているうちに気がつくとチェックインしてから数時間が経過していた。K記者の提案で先に夕食を済ませようと言うことになり、ホテルに向かう車中で教えてもらったレストランに(ディンタイフォン)行ってみることにした。そこでは、「小籠包」が美味しいと言う。



●ディンタイフォンでの食事

日本人も含めて観光客で混雑する中華レストラン“ディンタイフォン”名物は「小籠包」だ

 我々は、タクシーを降りて店の方向を見た途端に仰天した。その店の前は、ものすごい人だかりで歩道にあふれており完全に通行の妨げになっている。ともかくその人だかりをかき分けて店の入り口まで行ってみた。こういう場合、日本のレストランだと順番を記入するノートがあって代表者名と同伴者数を記録しておけば、自分たちの順番になると店員が呼んでくれるのだが…などと考えながら周りの人達を観察してみると、そのようなシステムではなさそうだ。どうやら、先に希望する料理とその数量をメニュー代わりのオーダー伝票に記入して店員に渡すようになっていて、その時点で順番が決まるようである。さっそく我々も、店の入り口で伝票をもらいメニューを確認してみるとそこには、50点ほどの料理名が全て漢字で書かれていたが、それぞれの名前にはキーワードがあるように感じられた。例えば、牛、鶏、蝦仁(小エビ)、蟹(カニ)、などは主材料の意味で麺、飯、湯(スープ)、包、などで料理の分類が想像できる。それに特別値段が高いわけでもなく妥当な価格設定だ。「まず小籠包は、これだな」と真っ先に二人前をチェックした。そしてK記者は、なにかの麺料理を追加するとのことで筆者も「肉」「炒」「飯」の組み合わさった料理名を見つけておそらくはチャーハンだろうと思われる料理を一人前注文することにした(あとで考えてみるとあまりにも無難な選択でおもしろみに欠けるオーダーだが、後日の食生活を思い出してみるとある意味で幸運だった)。



 入り口の狭さに反して店内の客室は広く感じた。二階の一番奥にある8人ほどが座れるテーブルに案内されて席につくと3組の先客が料理に舌鼓をうっている最中だった。そのうちの2組は日本人の観光客と思われる夫婦連れと若い女性の2人組である。筆者の向かいに座っているカップルは、アジア系だが台湾の人かどうかはわからない。だが、彼らの前には、フカヒレの姿煮が…「あ!」と心の中で気がついたが、もう遅い。筆者はチャーハンをオーダーしているのだ。ロウ細工の料理見本があれば…と悔やんだが後の祭りである。一方、若い女性の2人組がカメラを取り出してお互いを撮しだしたところに夫婦連れの奥さんが「撮りましょうか?」と申し出てニコニコ顔の彼女たちに向かってシャッターを押すあたりは、観光気分でいっぱいである。
 しばらくしてウエイトレスが我々の前に蒸籠(セイロ)を置いた。きっとこれが小籠包だ。ちょうど豚まんを小さくした形だが、具は、少し厚めの餃子の皮で包まれている。ウエイトレスが日本語で「小籠包は、薬味と一緒に食べると美味しい。でも熱いから気をつけて」と、千切りにした薬味(生姜)が入った小皿に酢醤油を注ぎながら教えてくれた。でも、どうして我々が日本人だとわかるのだろう。ま、そんなことはどうでも良い。とにかく包みを一個、レンゲにのせて口の中に放り込んでみた。味は、くせもなくどちらかと言うと豚まんより焼売に近いが決定的に違うのは、具を咬むと肉汁が口のなかに広がるのだ。そして絶妙のバランスで薬味と酢醤油の三味が舌と鼻の粘膜を刺激する感じで実に旨い。いくつかの包みを堪能していると次の料理が運ばれてきた。それは、予測通りのチャーハンであった。こちらの味は、少しあっさりした味付けだったがけっして悪くはない。ただ少し飯がパサパサした感じで個人的には、食べなれた日本の米の方が好きだ。料理は、量的にも十分で小籠包とチャーハンで満腹になってしまった。でも、再び訪れる機会があるなら、あのフカヒレの姿煮は、オーダーしてみようと思った。





●夜市の屋台と馴染めないコンビニの臭い

日本でもお馴染みのコンビニエンスストアーは、あちらこちらで営業している。写真はファミリーマートの看板。その他にもセブンイレブンでタバコや飲料水を買い求めた

 台北市内のあちらこちらに日本でもお馴染みのコンビニが営業しており、ミネラルウオーターやビール(日本銘柄の缶ビールも並んでいた)などの飲料とタバコ(マイルドセブンやセブンスターが買える)の調達に便利だったが、いずれのコンビニにも独特で共通する臭いが漂っていて筆者は、どうも馴染めなかった。その臭いの発生源は、どうやら店内で販売されている「ゆで卵」を調理する鍋のようで薬草を煮ているのではないかと思える強い香りなのだが、烏龍茶(烏龍茶と言っても色々な種類があるそうだ)と一緒に煮ているらしい(その「ゆで卵」を食べたという取材班のM記者の勇気に感服した。味は悪くないそうだが…)。




これがゆで卵だ。なんとなく豪快(写真提供:M記者(以下同))。

おでんと同じような容器のなかで煮込まれているケースも

購入してみたゆで卵(1個7元)

「ちょっと濃厚な味つけ。特に黄身が濃厚」(M記者)とのこと

 また、ホテルの隣にSTARBUCKS COFFEEとマクドナルドのハンバーガーショップがあって試しに買ってみたが、販売スタイルと味は、日本とほぼ同じでその手軽さに変わりがなかった。他にもケンタッキーフライドチキンやロッテリアなどのファストキッチンを市内の各所で見かけた。その一方で日本だとどこにでもあるハズのタバコや飲料の自動販売機は、ほとんど見かけない。唯一COMPUTEXの会場内で缶コーラの自動販売機を見つけて利用した程度である。

揚げ物を売る屋台だが、手羽先はうなずけても他の商品の得体が知れない

 さて、台湾のガイドブックを見ると夜遅くまで沢山の屋台が営業している夜市が紹介されていて二日目の深夜に立ち寄ってみた。饒河街観光夜市(ラオハージエグァングァンイエシー)である。日本で言う商店街なのだが、道路の中央に多数の屋台が軒を連ねており各々の屋台が自慢の台湾料理を出している。そこでは、地元の人達が気軽に食事をしていたのだが、得体の知れない食材や見たこともない料理も並んでいる。中には、食べ物だけでなく金魚すくいやスマートボールで遊べる屋台もあり、日本の夜店とよく似た雰囲気がある。さらに玩具や眉唾物のビデオCDを売る屋台もあって日本のドラマとも思えるタイトルを並べていた。



ホテルの隣にマックを発見。台湾の食事で失敗したとき、ここに飛び込めばなんとかなる

 一方、道路の両側には、主に生活用品などを扱う店舗や食堂も営業しており全体的に庶民的な印象だ。そんな通りが400mほど続くのだが「折角の機会だから屋台で何か食べてみよう」ということになり、通りを折り返した。ほぼ出発地点に近いところまで来て一軒の屋台の前で立ち止まった。この屋台を選んだ理由は、この夜市の屋台群のなかでも人気があるのか、他の屋台に比べて客席が多くこの時間(夜中)でも数人の客が麺料理を食べていたからだ。
 メニューは、屋台の正面上方に10種類ほどデカデカと書かれており、筆者はその中から意味が最も明確な「牛肉麺」を選んだ。値段は40元(約160円)である。運ばれてきたのは「ラーメン」というか「うどん」とも言えそうな麺料理だ。容器は、発泡スチロール製(普通のカップラーメンより、やや小ぶりの大きさ)で麺は、どちらかというと「きしめん」に似ていて幅がある。スープの色は関西のうどんだしと同じように薄くて見た目に違和感はない。具は、細かく切った牛肉とセロリのような香菜が添えられていた。スープの味は、何を出汁にしているのか分からなかったが、少なくとも昆布や鰹じゃなさそうだ。とにかく淡白で素朴な風味である。ただ、香菜の香りが強くて「うっ」と来る。好みの問題だと思うがどうしても馴染めそうにない(この臭いは、漢方薬ぽいイメージを浮かべてしまう)。この香菜を抜いて味噌でもとかせば風味が増して食べやすいと思った。麺はあまりコシがなくて軟らかいが、なんとか許せる範囲だ。どうも、見た目と食感のギャップを感じた一品だったが、正直なところ濃厚な日本のラーメンが恋しく思えた。





●原稿の締め切り時間に間に合うか!?

 話しは前後するが、初日の夕食後(ディン・タイ・フォンでの食事)、ホテルに戻り翌日の準備をしているとK記者から「ネットにつながりましたよ」と連絡が入った。特に出かける前となんら設定を変更していないと言う。接続できたAPの電話番号を教えてもらい筆者も自分の部屋から再度試してみる。もしうまくつながれば、しめたモノだ。ところが、1回目のチャレンジは見事に接続できない。「そうだ、モデムの発信音を聞いてやろう」と思いついた。部屋の電話の受話器を上げてできるだけ雑音が入らないようにベッドカバーで受話器を覆う。この状態でAPに接続を試みると「ピポパポ…」とトーン発信音が聞こえ「ピーガガッガ…ビンゴン・ビンゴン・」となんだか騒がしいが出かける前に試した時に散々聞いた中国語のアナウンスは流れていない。しばらくそのままにしていると“GRIC dial”の表示が変化した。「あれ!?」不思議なことに接続できたとの表示である。一通りメールチェックやブラウザを動作させてみたのだが、非常に遅いものの確かにアクセスしている。「どういうこっちゃねん?」もう、さっぱり合点がいかない。まぁ、とにかくインターネットに接続はできた。今度は、受話器を元に戻して試してみようと一旦、リンクを切断し受話器を電話機においてもう一度、先のAPにダイヤルしてみた。しかし、それ以来再び接続できない事態に陥ってしまったのである。一方、隣の部屋のK記者は、転送速度は24kbpsと鈍いがほぼ確実に接続できると言う。とりあえず理屈は抜きにしてインターネットに接続できたのは良いとしてもこの転送速度だと原稿に添付する画像ファイルを送る際に苦労しそうだ(10枚のJPGファイルだとしても軽く3MBほどある)。やはり、先に打ち合わせた通り、COMPUTEXの会場に設営されたプレスルームから送った方が無難な気がした。それにしても筆者が持ち込んだノートPC(特にモデムが怪しい)に問題があるのかも知れないが、全くインターネットに接続できないと言っても過言ではない事態は、予定していたメール連絡等に支障を来しただけでなく明後日の締め切り時間までに原稿を送らなければならない筆者を悩ませた。

 翌日、COMPUTEXの会場に到着してまず最初に入場パス(通行証)の申請手続きを済ませる都合もあり、プレスルームへ足を運んだ。もちろん、ネットワーク環境を確かめるのも重要な目的の一つだ。プレスルームには、その面積のほぼ1/4に相当する区画に数十台のデスクトップPCが整然と設置されている。入場パスの申請手続きを済まてから空席のPCを調べてみるとWindows(種別を調べ忘れた)が動作しており、自由にインターネットへアクセスできる環境が整っていた。

 試しにAkiba2GO!のホームページにアクセスしてみたがお世辞にもホームページを表示するためのデーター収集速度が速いとは言えない。さらに原稿を送るとしてもメールに添付する予定なのでメール機能を調べてみたが思った通り、アカウント情報は何も入力されていなかった。致命的だったのは、手元のノートPCからこのデスクトップPCにデーターを転送する良い方法が浮かばなかったことだ。そもそも、このPCは、省スペース型デスクトップマシンで最小必要限度の機器でしか構成されていない。フロッピーディスクドライブさえ省略されている。ネットワークでリンクされてはいるが、USBケーブルのみ接続されておりRJ-45コネクター(Ether Net)が見あたらないのである。「これじゃ使えないね…」とその場は、諦めて他の通信手段を考えざるを得なかった。しかし、これといってアテがあるわけでもないのだが、とにかく取材も始めなくてはならない。もうすでに会場はOpenしているのだから。

 原稿締め切り日(5日)の深夜、筆者はホテルの自室で必死になって原稿を書いていた。本来であれば、編集部に送る時間である。だが、思うようにページが進んでいない。一方、隣の部屋では、K記者が写真データーを編集部に送る努力を続けている。が、転送速度が全く上がらないだけでなく転送エラーが頻繁に発生する状況に苦労していた。画像サイズをリサイズしてファイルサイズを小さくする方法も検討したが、そうしてしまうと紙面で大きな写真が掲示できない。折角の写真も台なしになってしまうのでそれだけは避けたかった。
 仕方なくK記者から月刊アスキー編集部に国際電話で連絡を入れて事の事情を説明してもらった。しかし「じゃ原稿は帰国後でいいですよ」なんて甘い返事が返ってくるはずもなく、日本側でどうにかできる問題でもないのは当然である。やはりこちらで何とか解決しなくてはならない。だが、編集部もギリギリの調整を行うとの協力が得られ「最悪でも翌6日の正午までに」と締め切り時間を延長してもらえたのである。その後、もう一度、プレスルームに出向いて電話回線が確保できないか調べてみようと打ち合わせた。



■プレスルーム

COMPUTEX TAIPEI 2001会場にあるプレスルーム

 翌日、プレスルームを訪れてみると、例のデスクトップPCで数人の記者達が一生懸命にタイプしている。初日の雰囲気とはガラリと変わってなんだが殺気立っているようにも感じられた。どうやら原稿の締め切りを抱えているのは、筆者だけでなく皆同じなのだろう。それにしてもどの様な方法で転送してるのだろうか、あのPCで...と気にはなったが、人のことを心配している場合ではない。実は、貫徹で執筆したのだが、原稿に満足できていないのである。もう少し、書き足さねば…とノートPCを取り出して原稿に向かった。正直なところ頭がボーっとしていて満足に書ける状態ではないのだが、分量が足りない原稿だと編集部で記事にならない。余る位で丁度良いのだ。そんな状況下にあるとK記者が朗報を携えてきた。「あっちのコーナーでEthernet環境を見つけた」という。すぐに機材を抱えて急行してみると6人ほどが作業可能なテーブルがあり、Ether Netケーブルが用意されている。幸運にも空席が一つあってすぐにK記者が確保した。ノートPCにケーブルを接続すると何の設定も必要なくインターネットに接続できるではないか「よし、これならいける」とファイルを送る準備を進めた。とにかく写真データーを先に送ろうと送信を開始するが一纏めにしたファイルだと何度試してみても転送エラーになってしまう。

 今度は一枚ずつ写真データーをメールに添付して順次送信してみる。すると最初の数枚は順調に転送されたのだが時折、転送エラーが発生する。隣の記者が使っているPCでも同様なのでどうやらネットワークの安定性に問題があるようだ。きっと回線が細いところに驚くほどのクライアントがぶら下がっているのだろう。回復したと思ってもすぐにまた切れてしまう状態がしばらく続いた。そうこうしているうちに何とか原稿の方も最後のピリオドが打てた。K記者にも読んでもらい「これで送りましょう」とメールに添付して送信する準備を整えた。しかし、先ほどから切れたままの回線が一向に回復する気配がない。プレスルームの受付に聞いてみても「原因がわからないのでコーヒーでも飲んで待っていてくれ」と悠長だ。もう、締め切り時間が過ぎようとしてる。その時、とんでもない事に気がついた。日本時間は、プレスルームのあの時計より1時間先に進んでいるのだ。なのでとっくに締め切り時間が過ぎ去っていたのである。「ホテルから原稿を送りましょう」K記者がノートPCをバッグに仕舞いながら言った。いつ回復するか分からない回線に頼るより、TXTファイル程度ならホテルからダイヤルアップして送った方が確実と考えたのである。我々は、プレスルームを後にしてタクシーを拾いホテルに直行した。「頼む、つながってくれ」あとは、運を天に任せてホテルの部屋で気絶するだけしか筆者にすることがないのが辛い。気がついたのは、「無事に送れましたよ」とK記者が筆者の肩を揺すった時だった。
 今、月刊アスキー7月号を手にして自分の書いた記事を読んでいる。今回の海外取材に同行できたことは、東奔西走の連続だったが筆者にとって貴重な体験ばかりで知り得た情報と共に大切にしたいと思う。また、Akiba2GO!取材班及び編集部をはじめ月刊アスキー編集部関係者にも感謝したい。

【筆者プロフィール】鈴池 和久氏。ASCII DOS/V ISSUEではレスキュー日記でマザーボードの修復記事などを執筆。他PC改造に関する著書もある。マザーボードの回路解析やハンダごてを使ってオーバークロック改造を施すのが得意。オーバークロック歴は1995年登場のTritonチップセットの頃から。ハンドル名は「KAZ’」。大阪府在住1957年生まれ。






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