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【こちら秋葉原一丁目ホームページ】Act.0001「秋葉原クロスフィールド」(前編)
〜どうしたら日本で本当に新しい産業が生まれるのか? 建物というより、ソフトウェア的なプロジェクト〜

Printable Version 2005年4月12日

 いつものように秋葉原の中央通りを歩いていて、ある時、巨大な建物が出現しているのに驚いたのではないかと思う。
 今年4月末に竣工なった地上31階建ての“秋葉原ダイビル”と、先日まで都営駐車場だったところに地上22階建ての“秋葉原UDX”が出現している。もうひとつ末広町側には、2004年9月に完成して入居も順調な“TOKYO TIMES TOWER”という地上40階建ての都市型マンションがある。3つのビルが、電気街の目抜きである中央通りの裏側に、まるでウルトラサウルスが横たえたようなシルエットで出現しているのだ。
 このうち“秋葉原ダイビル”と“秋葉原UDX”が、エヌ・ティ・ティ都市開発(株)、とダイビル(株)、そして鹿島建設(株)の3社による“秋葉原クロスフィールド”である。これは、“秋葉原ITセンター”と仮称されてきたもので、24時間活動可能な世界的なIT関連拠点を目指すものだとされる。はたして、これだけの規模のビルとなると、どんなことが起こるのか? 新しい秋葉原を語る上でももっともインパクトのある存在のひとつとなるのは間違いなさそうだ。
 そこで、(株)クロスフィールドマネジメントの山本俊行ゼネラルマネージャーに聞いた。

(聞き手は、アキバの未来を見つめる会代表 遠藤諭)


遠景から
真ん中のビルが“秋葉原UDX”、右のビルが3月31日に竣工した“秋葉原ダイビル”

石原都知事が発案者なんですか?

――秋葉原クロスフィールドのそもそもの部分を教えてください。

もともと、山手・京浜東北線の西側には青果市場があったわけですよね。東側は旧国鉄の貨物ヤードがありました。青果市場は17年、貨物の方は30年近くそのままになっていました。ふたつの大きな空き地があって、都市型の再開発をしましょうという話が出てきたわけです。そこにインフラを引きなおすため、東京都が区画整理・施工ということになったと聞いております。

――最初に、誰が言い出したのですか?

東京都ですね。汐留などと同じパターンです。より正確には、都市整備局の区画整理事業課ですね。

――そこの部署の人たちが、東京都の地図を広げて「ここを発展させれば東京が活性化する」とかいいながら、地図に赤鉛筆で線を引いてみたりしたとか、そんな感じですかね?

山本俊行ゼネラルマネージャー
(株)クロスフィールドマネジメントの山本俊行ゼネラルマネージャー

ええ。秋葉原は都市型のインフラとしては不備があります。例えば道路の比率が非常に低いんです。大きな青果市場や貨物ヤードであった関係で、元々の敷地内に道路がない。それから上下水道も整備されてない。都市整備の仕方も何パターンかあるのですが、その中で今回は区画整理をしましょうとなったわけです。それを決めたのが、平成8年です。その後、粛々と区画整理が始まったわけですが、平成12年に石原都知事が視察に来られて「こんなにいい所をノロノロやっていちゃダメだ、気合入れてやれるように」とハッバがかかりました。そして「秋葉原まちづくりガイドライン」が平成13年3月に発表され、翌年にコンペが行なわれています

――そのガイドラインは大まかにはどんな内容なのですか?

「世界的IT拠点にしよう!」というものです。

――ちょうどその頃は、世界的に「IT拠点を作ろう!」といった議論があった頃ですね。米国のシリコンバレーや中国の中関村をモデルに、フランスのコートダジュールや日本でも沖縄という話もあったかと思います。しかし、エレクトロニクスということなら秋葉原が本場じゃないかと、“秋葉原にはITがよく似合う”ということでそうなったのですかね?

いえ、秋葉原がIT系であったというより、都市再開発での話ですね。いずれにしろ秋葉原の再開発の中で、ITという旗がパンと揚がったのはガイドラインが出てからですね。

――石原さんご自身が考えられたのですか?

もちろん、まわりには唐津一先生をはじめとしてITに長けた方がおられるわけですから。それまでは、この土地をどうしようかという議論はいろいろとありました。東側は国鉄精算事業団という国鉄の遊休地を売却していくグループがありまして、西側は都有地として東京都はどのようするのがいいのかという議論を重ねたわけです。そこでガイドラインが出てきた。ガイドラインに沿って何かできるのは民間だろうということで、民間にコンペ形式で払い下げをしようと、翌年の平成13年にコンペが始まって、われわれのグループが挑戦して今日に至ったわけです。

――われわれグループというのは、どういう会社?

エヌ・ティ・ティ都市開発(株)とダイビル(株)、そして鹿島建設(株)で作る“UDXグループ”です。この3社がグループで応募しました。ダイビルというのはいわゆるビルのディベロッパーの大阪建物(株)さんですね。いろいろと良いビルをお持ちですよ。当初13グループの応募があったのですが、本提案をすることになったのはわれわれグループだけでした。

――ほかは途中で引いちゃった?

そうですね、われわれも蓋を開けてみたら、周りがいなくてびっくりという状況でした。課題が結構難しかったというのがあると思います。今でこそだいぶ形になりましたが、当時難しいなと思ったのが「産学連携」の施設を作りなさいというものです。産学連携というのは、アメリカではとてもうまく行っていると聞いていますが、日本ではあまりいい事例がないのですよ。結果的に、地方自治体や公共団体が丸抱えでやっている例が多い。では、それを民間でやったらどうなるのだろうと、われわれも提案時には不安があったのですが、「やろうよ」と提案をしたわけです。それが課題としていちばん難しかったのではないかと思います。

――なかなか凄い挑戦だと思います。


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